人はモロイかオモロイか? -3ページ目

どっちがお得

ufoさんという方のblog「自閉症児の姉に生まれて」で、「どっちが損?一目で障害児と分かる子と分からない子」というエントリを読んで考えた。
ほんとに、分からないときには責められるのに、説明すれば相手の態度が変わるのを見ると、分からない方が損した気もする。
けど、配慮は欲しいけど特別扱いや憐れみはイヤだから、自分のことは黙り続けようと思っていた。

娘は、どう思うんだろう?

私は、自分がADHDかもしれないと旦那に話したのも、つい最近だ。
家族だから、何も言わなくても平気で、フォローもしてくれていたのに、一応病名のある状態かもしれない、というところで、ちょっと考え込んでしまっていた。
でも、病気ならしょうがないと、最近では子供たちを私の補助記憶装置に使って、事前にポカを防ぐという技まで繰り出すようになってきた。

やっぱり、分かっていた方が、理解して貰っていた方が良いのかな?

幼稚園の思い出

似た傾向があるといっても、娘と自分は違う環境で生きている。
おまけに自分は、その性格の傾向を障碍ではなく個性として生活できている。
自分の子供時代は、娘よりも恵まれていたんではないだろうか。
でも、自分の子供時代を思い出すことで、少しは娘が考えていること、何にイライラしているかを理解できるかもしれない。

まず、自分は幼稚園にはいるまではいじめっ子だったらしい。一緒に遊んでいる子に、すぐに噛みついたり叩いたりするし、気に入らない事があるとプイっと一人でどこかに行ってしまう、とんでも無くわがままで強情な子供だった。
それが恥ずかしかったと、未だに自分の母親には言われている。
未だに、お前はわがままだから、お前は気が利かないからとうるさい母である。(泣)
ま、仕方ないか。幾つになっても親は親なんだし。
それが幼稚園に入ったとたん、何もできない、集団行動がとれない問題児として、いじめられっこになった。お漏らしも凄かった。(あんまり思い出したくないなぁ。)
 幼稚園児代のことで良く覚えているのは、動物園への遠足のときのことだ。先生の話がいつもよくわからなくて、クラスの移動に置いて行かれたり、集合できなかったりが多い私に、先生がしっかりした子をお目付役に付けてくれてた。
その子は、私が嫌いだけど、先生が手を離しちゃ駄目って行ったからと、ぐいぐい引っ張り回してくれ、みんなと一緒に昼ご飯までは無事に過ごせたのだ。
けれど、昼ご飯後にSLを見に行って夢中になり、なぜかフラフラと他の幼稚園の遠足について行ってしまい、私は迷子になって先生にも親にも同じクラスの子達にもひどく怒られてしまった。

ほんと何でだか、今でも良く、うっかりすると置いてけぼりの迷子になるんだよなぁ・・・

はじまり

はっきりとADHDだと診断されたわけではない。

もともと他人からは変わった人だと言われ続けていた。しかし自分ではどこが変わっているのかを理解しないままだった。いろいろとトラブルもあったが、違いを認識して許容してくれる人もいるので、とりあえず大きな問題はなく生活をしているつもりだった。

3年前、色々あって精神的に追い込まれたようで、感情の出方がおかしくなった。パニック症候群ではないかと内科で言われ、心療内科を紹介されて通ったら、パニックの原因はストレスに、元々の性格的な傾向が加わった物だという風に説明されたのだ。その性格的な傾向というのが、もしかしたらADHDだった可能性があるらしい。
昔はADHDなんて病気はなかったけれど、親や学校の先生、クラスメートとの関わりの中で訓練されて、日常生活を送るのに問題がないように育ってきているのだから、今さら検査もいらないし、お薬などにも頼らず、ストレスをなるべく減らすことで対処した方が良いといわれた。
その話を聞いたときには、医者の言うことを素直に聞くことが出来ず、なんでちゃんと治療してくれないのかと思ったが、じっくり話を聞いて貰ううちに、自分の性格の偏りとこだわり、それを強制するための訓練(躾)の間に常にある葛藤が、過度のストレスのためにバランスを取れなくなって表面化したのだから、病気ではないと納得はした。
ただ、そのストレスを取り除くために医者にアドバイスされたのは、『出来ないことはやらなくて良いと思う。夫に自分の状態を説明する。他人の助けをできるかぎり借りる。』ということだった。出来なくても放り出すわけにはいかない小さな子供もいるし、人に助けを借りると言うことは、自分の現状説明を他人にする必要があるので、それは難しくイヤなこと、更なるストレスなのに。医者は、そのイヤなことができれば、楽になって結局ストレスがへり、かえって家族に迷惑が掛からない。まずは、夫に自分の出来ることと出来ないことをわかってもらい、他人からの手助けを受ける部分は、夫にやってもらえるようにした方がよいといった。そのために、夫婦揃って受診するのも良いことだと言ってくれた。
その時点で、思っていたことは吐き出すだけ出して、自分の頭で考えられるようになってきていたので、とりあえず「出来ないことを放り出してストレスを減らす」宣言を夫にし、病院へは行かなくなった。私の極度の物忘れ、片づけられないといった性格は、もともと夫は承知している。それが、「病気ではないが、普通の人のように出来ない」ということまでは言わなかったが、それをなくす努力がストレスになる、と説明した。納得はしなかったけど、私が落ち着くのならと、主人も無理(私にとっての)を言わなくなった。

しかし、人と同じようには出来ないと、自分から素直に言えるようになっても、できないの程度を理解して貰うことは難しい。「みんなそう言うのよ。」と、一言で片づけられ、やっぱり出来なかったりすると相変わらずトラブルになったり。それでも自分のことだけなら、変人といわれようが、駄目人間といわれようが、頭を下げまくって、出来る限りのことをやればなんとかなると経験してきているから、それでも良かった。

最近になって、娘の一人があまりにクラスメートとトラブルを起こすのが問題になった。元々、いろいろトラブルの多い子だったが、この子だけどうしていつまでも、と思ったとき、自分と同じなのかもしれないと、今さら思い当たった。
何で今まで気づかなかったんだろう。そして、改めてADHDの事を調べると、どう考えても普通の親がキチンと訓練してやらなければいけない気がする。自分はどうやってこの子を育てていったらいいのだろう。
思い返せば集団生活には全然なじめなかった子なのに、おかしいと思わなかった自分は、やっぱり自分の中の基準がおかしいのだと思うが、どうすればいいのかが判らない。